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2006年4月26日 (水)

いろんな船

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船溜まりから関門橋をみたところz(^^)
手前の船は小型船舶相手の燃料販売船。
右奥は団平船(荷物運搬船)。
左奥はクレーン船。
1番奥に見える白い船は海上保安庁の船。

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団平船の貨物室。
水をはったらプールになりそう
(゜0゜ )
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漁船もいっぱい泊まってますd(^^)

コメント

懐かしくも楽しく拝見させて頂きました。高校卒業(S44卒、上京し現在千葉在住)するまでは関門育ちで、船にも随分憧れ、漁船、機帆船、タグボート、本船(大きな貨物船)、石船・・・と乗って遊んだ記憶がよみがえりました。
叔父が外国航路の船に乗っていましたので、関門に停泊した折りには、門司税関の所からタグボートにのり、海峡の中程に泊まっている本船に案内して貰っていました。、うねりで上下するボートから本船のタラップに乗り移るときのタイミングを思い出します。
 では、また楽しませて下さい。

南の流星さん
コメントありがとうございます!
機帆船、タグボート、本船!うわ~羨ましーい!タグボートに乗ってどれほどの馬力と安定感なのか体感してみたい!本船の甲板を自転車で走ってみたい!と常々思っている私にはとっても羨ましいお話です~!
海峡中程に停泊する本船にタグボートから乗り移るなんて!今ではちょっと考えられない乗船方法ですね(^^;)
ちなみに私は、岸壁に係留してある台船から、その台船に繫いである漁船に乗り移ろうとして海に落ちかけ凄く怒られました(^▽^;)

こちらのブログを見失っていました。
門司に関する物で一番のお気に入りをKEEPせずにいたところ・・・久しぶりに発見致しました(笑)。
関門や船にまつわる思い出は沢山あります。
親父が昔船乗りで戦時は海軍でした。今、イーストウッドの硫黄島の映画が封切りされますが、最後の輸送船団の護衛で九死に一生を得帰還し、最後は関門の守備隊で、戦後は暫くは関門の掃海艇の艇長をやっていたとのこと。先日親父の遺品を整理していましたら、掃海任務の命令書?が一枚出てきました・・・。
 話は移って・・・今ボイジャーという船が運航されていると思いますが、揺れない?船の発想は小生でしょう!!(笑)。
船のコンパスがヒントでした。

南の流星さん
当ブログの再発見ありがとうございます!(笑)
>親父が昔船乗りで戦時は海軍
南の流星さんのところは船乗り御一家だったんですね。私の大昔の先祖は海賊だったそうですアチャ~(^^;)
それにしても最後の輸送船団の護衛だったとは…!文字通り九死に一生の御帰還ですね。しかもその後の掃海艇勤務も当時の関門は機雷だらけだったでしょうから死と隣り合わせ!南の流星さんのお父様お勤めご苦労様でしたm(_)m
>船のコンパスがヒントでした
え?え?どういうことですか?コンパスの動きに合わせればいいということですか??

船は素人ですが・・・船は揺れるのが当たり前ですが、唯一揺れない部分がコンパス(羅針盤)です。方角をより正確あらん為に常に水平を保つように2重リングで機構されています。その原理を使えば揺れない船が出来ないかと1970年頃ある方と話したことがあります。馬鹿言うな!!と言われましたが・・・気がついて見ればちゃっかり造っていました。ニャロメ!!
ボイジャーはコンピューター制御された油圧ジャッキで揺れを制御しているとのこと。その延長線上に大型高速船スーパーテクノライナー”飛翔”などがあると思います。~私的造船史でした。

南の流星さん
うわー!惜しい!!そのコンパスの原理を応用した揺れない船の構造で特許を取っていれば今頃ウハウハだったかもしれないのにー!(笑)

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